2013 年 2 月

筒井康隆「ビアンカ・オーバースタディ」が面白すぎた件について。

しばらく、平野啓一郎「決壊」を読み耽っていて、読了後にはとんでもない感銘に打たれ、小説世界が体から抜けず、何か書こうと思っていたのですが。

筒井康隆翁がラノベを執筆、1カ月で3刷というのに「ガタっ!」。
本日Amazonより届き、一気に読みました。
筒井ファンにはたまらない面白さだったので、順位繰り上げで先にこちらの感想を書いておく次第。

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いやー、筒井ですよ。まったく筒井ですよ。
サイコーですよ、ほんと。

「小説内コピペ」のリフレインすら、メタラノベの伏線になっていたり。
全体を覆う、あまりに稚拙な文章表現と展開は、明らかに「ラノベ作家」への毒であり叱責なんだろうなぁ。(それは、最初の2ページで示されています。)
意図的な「性の過剰」(しかも別に「エロ」くない)それ自体がラノベ業界への痛烈な批判であると受け取れたり。
ついでに自作「時をかける少女」をネタにひっかけるけどそれすら「使い捨て」る感じとか。

最後の社会批判はむしろ「優良図書」的清潔さへの疑義でしょうね。うそつけと。
なんというか、ラノベどころか、昨今の出版業界やコンテンツ業界全体への批判とすら…勘ぐれば最早「ポップカルチャー」批判あるいは「文化批判」ではないかとすら…読めてしまうのが、もう本当に面白い。

後半は懐かしいスラップスティックの様相を呈していきますが、それが「あえて甘い」のもいい。
決して「ラノベ読者向きにした」のではないだろうなぁと、私は思ってしまいます。
あとがきで「ラノベ読者を少しでも自分の作品に誘導できればいい」なんて書いていますけど、「そんなんまさに”言うてるだけ”やん!」と突っ込みを。

私はライトノベルを全く読まない(「十二国記」をラノベから外せるのなら、ですが)のですが、むしろ、「食わず嫌いのラノベ読まず」を返上し、「類似点」を探し、より筒井翁の意図を汲む(あるいは深読みして楽しむ)ために「涼宮ハルヒ」を読んでみたくなりました。
…つまり、私のような者への批判でもあるのでしょう!

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筒井翁というのは、徹底して計算し尽くす作家だと、私は認識しています。
彼の作品に「分からないけどそうなっちゃった」的な箇所は一切ない。
すべてが「術」。すべてが厳密。
よって、「これって、どうなんさ~?ぬるくね?」と感じる箇所には必ず、そう感じさせようとする意図がある、と考えるのが、筒井作品を読むときにとるべき姿勢だと私は考えています。

非常に信頼できる厳密さ。ある時期までは「厳密につくりあげるための習作」なのだろうなぁと思われる作品群が存在するのは確かですが、それ以降は「土台が完成された上で、次々に新しい挑戦」に取り組み、それが新しい試みであるからこそまた「より精度を高く」という、作家としての自己修練のようなもの?に自ずと取り組むことに繋がったのだろうなぁと思います。

結果的に、恐ろしいような筆力を蓄え、まさに「変幻自在で的確すぎる名文」が書けるのが筒井翁であり、たとえば「わたしのグランパ」はそれを素直に幸せに楽しめます。

また、筒井翁は「違うものは違う」「ダメなものはダメだ」とはっきり…ときに非常に口悪く…言う、けれどもとてもやわらかなハートを持ち続けている方だと常々感じています。
非常に自己に厳しい一面がありつつ、でも感情や情や遊び心もたっぷりある。
私が筒井作品に惹かれ続けるのはそのためです。

すべてが計算、けれども熱い。
怒らせると大変、でも優しい。
様々な視点から「いまいちど自省する」ことを促される、けどSFやエンタメとして十分楽しい。
そして、もはや「神」の手練れ。
それらが当たり前に生み出す奥行きと豊かさ、けれども表面上ちっとも「美しくない」(笑)

「ビアンカ・オーバースタディ」は、そういう筒井作品らしさがぎゅっと濃縮された作品のひとつに数えていいと、私は思いました。

筒井作品にあたるときには、「さあ、今から筒井康隆の掌の上に乗るぞ!」という「モード切り替え」が必要であり、しかしこれがこの上ない愉楽であるという、私は正に「骨抜きのファン」です(笑)。
信者と呼ばれても構いません。喜んで受けます。
なんて思いを一層強くしました。

筒井作品には決して裏切られませんね!

だいたい、どこの「巨匠」が「ラノベ」に参入しますか?!
「大家」と呼ばれる作家諸氏はいくらでも思いつく訳ですが、今から「ラノベ」を書こうなんて人は筒井康隆以外に思いつきません。
そこにまず痺れますね。
御大自ら、やっちゃうところがすごい。
そこに竦み上がらないラノベ作家は、もう消えて良いんだろうなという気が、自動的にしてしまいます。
でも、社会のいろいろな局面で自ら飛び込み奮闘して自家薬籠中のものとされてきた御大ですから、「ちょっと俺が出ていってやれば、いろいろ変えられるんじゃね?」みたいな動機だけで書いたとは到底思えません。
なのでファンとしては、「喜寿にして、敢えてそこに行かはるんですか?!」と驚き、しかし直後にワクワクが広がりました。
その行為だけで、既に十二分に「メタ批判」たり得るじゃないですか。
筒井のファンで良かった。こんなに痛快で楽しい思いができるなんて、幸せだ。

そして。
筒井翁が、「上から目線の批判や非難」のためだけに小説を書き上げる、ということは、実は全くあり得ないのだと、私は判断しています。
「怒り」はあるかもしれません。しかし、人として「怒る対象」と対等に向き合わず、「自分が傷つかない高み」から見下げることしかしていない筒井作品を、私は知りません。
筒井一流の毒が端々に利いていて、一見「ラノベを恐ろしいほどコケにしている」だけの作品に見えますが、そうならないような仕掛けも山盛りあります。
だからこそ、「人の嫌な悪意だけを見せられた」というような不愉快な読後感にはならないのです。

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しかし、あー、ほんとに、涼宮ハルヒやら何やら、そして他の、大量生産されているラノベたち、読んでみたいなぁ!(笑)

…「ラノベ読者」が筒井作品に誘導されることはなさそうな気がしますが、「筒井読者」がラノベに誘導されている…
これって、「オセロが裏になって裏になって表」で、つまり私は素直に出版社および筒井康隆の術中にハマったんですねぇきっと(笑)

 


ビアンカ・オーバースタディ (星海社FICTIONS) 筒井康隆・著


科学者もフクロウもすごい。

ネットで面白い拾いものをして、twitterで流したんですが、1から10まで面白かったのでこちらにも。

「フクロウの頸動脈はなぜ切れない?」AFPBBNews

突然何の話ですか?と思い開けてみたところ、「なぜフクロウは、首をほぼ1回転させても頸動脈を傷めずに済むのか」という謎が解明されたという話だそうです。
なるほど、確かに言われてみれば、フクロウって、こう、首がくるっと回るというイメージがあるようなないような。
(私の中ではフクロウの首は完全に…時計の針のように…くるっと回転するイメージでしたが、記事によれば左右にほぼ270度回るそうです。…くるっと回りはしないのね。。。)

んで、記事は言います。

研究を主導したPhilippe Gailloud医師(血管内治療・神経放射線学)は、こう述べている。「頭頸部の動脈を損傷したことによる患者の症状を診てきたわれわれ脳撮像の専門家は、フクロウが頭を素早く回転させても平気でいられるのはなぜなのか、どうして森の地面には脳卒中を起こして死んだフクロウの死骸がたくさん転がっていないのか、これまでずっと頭を悩ませてきた」

まじですか!
脳卒中のフクロウがいない理由なんて、想いを馳せたこともなかった。
っていうか、フクロウの死因について、考えてみたこともなかった。
それについて「これまでずっと頭を悩ませてきた」人々がいるなんて、まったく想像を超えた話で、本当に驚きました。

その秘密は、血管にあったんだそうです。(私の持てる言葉では説明できないので、記事をご覧ください。)
たしかに、「人間の血管はむしろ収縮しがち」ですが、しかし、フクロウの顎骨下の血管が「血液を貯める袋になる」とは!
なんともはや。なんですかその血管は。
そんなこと言われたら、「血管」というものの詳細について知りたくなるではないですか!
つか、フクロウすげー!

 

いやー、すごい。
フクロウもすごいし、それを「不思議」に思った人もすごいし、解明した人もすごい。

隅から隅まで、私なぞの小さな世界では思いもよらない事柄で埋まっていて、本当に、心底「すごい。面白い。」と感じ入った記事でした。

すごいなぁ。
こういう風に、専門性を極める方々は、独自の視点で世界を見、究明していかれるのですね…。
こうやって、科学は発展し、人々が互いに成果をシェアし合って社会は豊かになってゆくのですね…。
そして、こんな風に、フクロウやその他の(人間でない)生き物が、人間の文明発展に参照されていくのですね…。

いやあ、すごい。
世界は広くまた深遠である。
うむー!


中山庸子さんの「願いごと」アドバイス

「新月の願いごと 2013ベストタイム・ベタータイムリーフレットpdfファイル」が、1月12日の公開以来、370を超えるダウンロードを数え、驚きつつ感謝しております。
200くらいかなぁ、と読んでいたので、思わぬことにびっくりしています。
ありがとうございます。

2月の新月は、2月10日16:20。ちょうど来週の日曜日ですね。

本日2月3日は節分でした。この節分は、立春の前日ということで、本日2月4日からはもう春です。
なんだか嘘みたいな話ですが(笑)。
立春過ぎには体調を崩される方も多いと言いますし(私も多分にもれません)、穏やかに、ゆっくり自愛しつつ乗り切りたいものですね。

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さて、ところで。

「願いを叶える」ということで、先日、日経ウーマンオンラインでこんな記事を見つけました。

たくさん書いて引き寄せる 夢探しノート

インタビューされているのは、中山庸子さん。
いま、巷に「ノートに夢を書いて叶える」方法が溢れかえっていますが、その元祖と呼ばれるべき方だと思います。
日経WOMANでは割とよくお見かけするような気がしますね。

私が一番初めに「やりたいこと、叶えたいことを、ノートにまとめていく」ことを知ったのはこの方です。
「夢ノート」のつくりかた―あなたの願いが、きっとかなう (PHP文庫)」と、「「夢ノート」のつかいかた―楽しくつくって、幸せ気分 (王様文庫)」の2冊で「まああああ!」と感激したのを覚えています。
今みると、「つくりかた」が98年、「つかいかた」が00年の文庫化なんですね…(トオイメ

もとい、その中山さんからのアドバイスのカケラが上リンク先記事です。
特に2ページ目、「夢ってよくわからない… そんな人には?」という項目が必見ですね。
すらすらいっぱい書けるわ!という方でも、いまいちど「そんな視点もあるんだなぁ」と発見があるのではないかと。
おすすめですので、一度さぁっと読んでみてください。

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※上の2冊ですが、既に絶版?かと思われます(なにぶん古いですのでね…)。

「夢ノートのつくりかた」については、こちらが2009年に増補改訂版として出されています。

「夢ノート」のつくりかた

また、「図解版」として、こちらも同時期に出されていますね。

図解版 「夢ノート」の魔法で、何でもうまくいく!

この方の著書はとにかく多い!
私も実は、最初期の上掲2冊とあとちょいちょい、くらいしか追っていません…。

「つくりかた 増補改訂版」には随分辛辣なレビューが載っていますが(☆評価も低いですし)、なるほど時が経ったのだなぁと感慨深く思います(笑)。
もしかすると、「夢を実現したい」というのは人の「永遠の欲求」なのかもしれませんね。
繰り返しになってしまいますが、今は本当にこういった情報は多いですし、自分のスケジュールにいかに落とし込んで実行していくか、というような点まで書かれた本もありますので、一番しっくり来るものを選ばれるのが良いと思います。

「自分に一番合った”願いの叶え方”を見つけたい!」という「願いごと」をしてみるのも良いと思います!


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