1日1・約400字

住まう街を一緒に

住宅街をのんびり散歩するのが好きだ。よそのお家や施設に植わっている植物、風化した外壁、ちょっと飾られたオブジェ、置きっぱなしの自転車や子供の乗り物など。そこで生活が営まれているんだなぁという実感が好きで、暮らしのかけらと空気をひとりしみじみ慈しむ、大切に写真に収める。
花を撮っていると、年配の方の目を引くことがある。今日も近所に住むらしい数人の女性が集まって来られ、「いやぁ、こんな所にこんなん咲いてたんやねぇ、これ桜やなぁ」「綺麗やわぁ」「うん、知らんかったわぁ」としきりに愛でておられた。去り際に一寸会釈すると、にっこりと見送って戴いた。以前には同様に話しかけられたこともある。
目を留める人を見て初めて、いつもの風景に紛れ気付かなかった素敵なものを見つける驚きと喜び、それを共有する温かさ。住まう者同士でそれが起こること。いとおしく、ほっくりほぐされるひとときなのである。


近況:肉体も精神も

間が空いてしまった。

この間何をしていたかというと、マクロビオティック風自炊と、「奇跡のコース・ワークブック」、そして主に内省である。

改めて振り返るに、食事とマインドを同時に変えるというのは蛮勇に等しい変転である。肉体と精神の両面から根本的に覆してしまうので、いわば「大変容」、別人化計画である。

そう大仰な決意があった訳ではない。ふと落ちて小川に乗った葉がたまたま岸にひっかかったようなものだ。むしろ長く持ち越し続けた案件をようやく実行に移したのだなぁという感慨の方が大きい。重い腰を上げる準備にそれだけ要したということだろう。

こんな次第であるが、食事と精神を同時に変えるのは、大変お勧めできると思う。変化にも継続にも相乗効果が見込め、時間のかかる変容を暮らしに無理なく溶かしこめる。

各詳細は、また後日に譲ることとする。

そういえば絵も描いた。


2012年3月12日の雪

【雪】1・ゆき。2・ゆきーふる。3・すすーぐ。そそーぐ。ア・洗い清める。イ・ぬぐう。ぬぐい清める。ウ・除く。4・白いさまのたとえ。5・きよい。高潔。(新漢語林・第二版)

 

電屋を降りると、雪が激しく舞っていた。そのとき私は、ネットで読んだ記事から想起した思いつきに取りつかれ、ああだこうだといじくり回していた。

傘は持っていなかった。たまの電車通勤なのに運のないことだ。が、作為なく大雨に打たれた人の話を思い出し、それで良いのか、と素直に濡れる気持になった。心が軽くなった。

表は寒く、肌に当たる雪は冷たい。身が固くなった。少し後悔し、諦め、先ほどの思いつきに戻ってやり過ごそう……自分の常態に帰ろう……とした。

しかし心の別の部分が、素直に濡れる方に動いた。その瞬間、思考がスパークした。冷たい空気に霧散し溶けた。雪ぐもの浄化するものとしての雪、その本来の姿を垣間見た気がした。心の些事は消え、冷気に包まれ水滴のついた自分の肉体だけがあった。しばらくして、雪は止んだ。晴れた空が残った。


技術向上には制約を

能力向上や技術研鑽において、時間でも字数でも自分に制限を課すのはとても重要だし良い方法だ。あらゆる分野で強くお勧めしたい。

いくらでも使えるというのは、最大限の贅沢と自由を約束してくれるように感じられる。ところが多くの場合において、実はそうではない。

時間を好きなだけかけるというのは確実に他の時間を圧迫するので、段々と心身が嫌がり始める。行為に自分がコントロールされているように感じ始める。そしてその行為自体を実際の価値よりも重いものとする。分量が制限されなければ、削られるべきものまで残され、往々にして快適さや精度を損なう。

本当の自由は、技術によって得られるのだと思う。自由自在に扱えてこその自由。そのために、敢えて「制限を課す」。そうすれば、知恵を使う、磨く目標とするべきハードルが生まれる。そこから、向上が生まれる。


ブルノの南西モラヴィアくじ Alphonse Mucha

再び、ミュシャである。ゲルマン化政策のため公立学校ではチェコ語の使用が禁止されていた。ためにチェコ人でありながらチェコ語の分からない世代が育っていた。チェコ人が自らの手で学校を作る資金づくりのために行った宝くじ。そのポスターだという。

私たちは現在、学習塾経営を柱としている。共に観た家人が「これを塾に貼りたい。これほどの思いで勉強している子供がいるんだ、お前たちはどうなんだと伝えたい」と言った。

第二次大戦を紐解くとき、日本が占領した国を日本語で教育した、日本の敗戦によりその後は……という話は、東南アジアでよく聞く。また、ものの本によれば、移民国家米国では米語をよく話せることが米国人としての誇りの一つであるという。であれば若いほどにより米国人であるのだ、と。

言語は民族の魂を象徴するということ。その重さを、果たして私は実感しているだろうか。

 


400字でまとめる訓練

今のところ弊ブログには、「1日1・約400字」と題したカテゴリしか存在しない。これは第一義的には自分の文章訓練である。中学三年生・国語の授業に、毎時だったか週一回だったか、お題を出され四百字で作文するというのがあった。あれは確かに力がついたなと思い返して、始めた次第。

いつもWordの原稿用紙設定を使って書いている。標準的な20×20の仕様である。

私はtwitterにいることが多いが、140字というのも良いものだ。ひとつことをまとめるのに適している。それに慣れると400字はなかなか長い。ついつい冗長になるので結構推敲している。140字は原稿用紙で7行。1枚の半分に満たない。であれば、だいたい3つのことが言えることになる。ということに今思い至った。今度やってみる。

慣れてきたなと感じたら、枚数を増やすこともしてみたいなと思っている。技術向上のための訓練は、いつも楽しい。


1918-1928 Alphonse Mucha

「ミュシャと祖国チェコ」展に出向いた。

チェコ、そしてスラヴ民族について私は何の知識も持たない。しかし本展で、ミュシャの尽力と祖国の歴史を垣間見て、呑まれた。

「1918-1928」と題されたリトグラフのポスターの前で、戦慄が止まらなかった。愛らしい10歳の少女の、射抜くような眼差し。女神が冠させてやる花輪はむしろ歓びと華やぎを添え、確かに祝賀的に美しい。が、誇り高く凛としてあり、決して屈しないという強い矜持と意志。守るものと戦うもの。正しく「王」のものであり、しかしこちらを屈服させるものでもなければ平伏すものでもない。

歴史の重さ、民族の意志を背負った、「総意」としての一個がそこにあった。ただただ射留められ、対峙するより他なかった。

私たちは、日本人とは、いったい何なんだろうと自問せざるを得なかった。己の起源と現在の暮らし、精神性。私は、私たちは、これほどの思いでこの国に在るのだろうか。

 


「大きな義理」

安田靭彦という画家がいた。彼の子息の談話を読んだ。曰く、若くから病を得ていた靭彦氏は、精力的に作品を発表しながら九十四歳まで生きた。その秘訣は「日々の養生」を軸とした生き方にあったと。

絵を描くことを第一とし、そのために健康第一の生活習慣を守り、趣味なども体に触るものは全て断ったという。「小さな義理を捨て大きな義理をとり」、小さな義理は妻や子が代わって果たしたともいう。「大きな義理」とは、描くことで鑑賞者に尽くすことだとも。

「うつ病になるほど働かせるのは言語道断である」と言われる。逆に「自分の身を守るのを最優先とすべき。辞める決断も大切だ」とも言う。

日本での社会生活は必ず金銭を必要とするが同時にそれだけでは不満足だともされる。何を第一とし、そのために何を捨てるか。その答えは、自らの役目と、それを果たすべき器の具合を計ることから得られるのかもしれない。


「今を大切に楽しめ」「嫌な努力ならやめろ」

昔から、「未来のために今を犠牲にする」のに抵抗を感じる。心の底の何かに著しく反する気がする。

「高校は大学への準備期間ではないと考えています」と、塾に対して言い切った母の教育姿勢の賜物だろうか。

現在は未来のためのものではない。今は今だ。そして常に「今」なのだ。

そうは言っても、刹那的享楽的で良いとは考えていない。「未来のためには今を犠牲にしない」とは「今が楽しければ良い」のとは根本的に違う。

未来に何かを実現するために今する努力そのものを楽しみとすることだ。受験勉強そのものを楽しむこと。貯金そのもの、下積みそのものを楽しむこと。そう在れるときに初めて「次のチャンスが降ってくる」。

「今を大切に楽しめ」「嫌な努力ならやめろ」そう言い切る源はここにある。それは社会的な人生への根本的な覚悟でもある。


岡崎京子

岡崎京子氏の作品でマトモに読んだのは「リバーズ・エッジ」だけである。

端的に言って、「名作」と言われる彼女の作品がニガテなのである。

内臓を剥き出しにされ目の前にうりゃぁあぁあぁあぁあと突き付けられる感じ。「ほら見ろ、これだろうお前が本当に見ているものはこれなんだろう」と、普段敢えて見ないことにしている汚さ愚かさ醜悪なるものを直視させられる感じ。

これが現実なんだと赤裸々に示したところで何になるのかと思う。生のおぞましさなど当為のもので、見ないからと言って忘れるわけがない。むしろどっぷり浸ってしか生きられないからこそ、生きるための洗練とアソビと「その先」が必要なんじゃないのかと思うのだ。リアルの沼を生き抜く「強度」は必須だが、そこでしか生きられないなんて真っ平だ。えぐり出すだけなら誰でもできる。「その先」なのだ。

 


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